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Wednesday June 14th, 2017

「永遠の空間 描かれた世界遺産」

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 ドローイングの世界は、写真や単なる図面とはまた違った独自の豊かな世界である。カール・フリードリヒ・シンケル、オットー・ワグナー、フランク・ロイド・ライトあるいはフランス・ボザールの建築家たちのドローイング集を開いて見ていると、建築としては未完成のアンビルト・プロジェクトはもとより、実現した建築であっても、実現された建築とはまた別のふかい味わいを、ドローイングの中に見てとることができる。

 この「永遠の空間」は、ユネスコにより世界遺産として登録された24の建築のドローイング集である。古今東西にわたる世界遺産の中から24の建築を選び、建築の素養に基づいた正確な着彩ドローイングによって、その魅力を明らかにしている。建築家であり、かつ絵本作家である青山邦彦によるフリーハンド・ドローイングは、鳥瞰的な視点をもつアクソメ図であったり、細部まで描きこまれた断面展開図であったりする。ここでは、その建築の持つ重要な内部空間を表わすために、しばしば屋根を取り払って見せている。それにより、その空間が全体の建築の構成の中で、どのように位置づけられ成り立っているかを見ることができる。それは自由に視点が設定でき、適宜切断することのできるドローイングならではのものであり、写真では得られないものである。例えば有名な二重らせん階段がシャンボール城の全体の中でどこにあり、あるいはイタリア有数の歌劇場であるサンカルロ劇場がナポリ王宮の中でどのような位置を占めているのかがわかる。

 一つの建築には、見開きの2面が割り当てられている。最初の見開き1面は全体像がわかるドローイング、次の見開き1面は細部をクローズアップした部分のドローイングである。後者のドローイングは基本的に全体像のものを拡大トリミングして、人物などを加筆したものあるが、その細部まで描きこまれたドローイングは、拡大トリミングされたものでも正確さと楽しさに満ちたものとなっている。思わず振り返って、前の全体像に戻ることもしばしばである。ここで特筆したいのは、鈴木博之による的確な解説や巻末にまとめられた参考文献とともに、その本全体のレイアウトである。余白を生かした清潔で読みやすいレイアウトは、見開き2面によるリズムにのって、原画の魅力を引き立てている。建築家、歴史家、デザイナーの共同作業による楽しい世界遺産の本によって、古今東西の建築空間への深い探訪をすることができる。

(「住宅建築」2005年2月号)

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中村好みの空間 「意中の建築(上下)」

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 文章、写真、イラストからなるこの本は、建築家中村好文が選んだ古今東西にわたる「意中の建築」をコレクションした本である。中村は、歴史的な名建築であれ、路傍の粗末な小屋であれ、時には映画や絵画の中の建物であれ、彼の眼を惹きつけ、興味をそそるものなら、わけへだてなく好奇の「じっと見」の眼差しを注いでしまうという。本書は、そんな中村好みの空間コレクションを集めたものである。ル・コルビュジェのサヴォア邸やルイス・カーンのソーク生物学研究所のような近代建築の傑作から、映画「第三の男」に登場したウィーンの地下水道、作家檀一雄の能古島の家まで多岐にわたる。

 中村は、それらを訪ね歩き、その空間に長い時間わが身を浸しながら、文章を綴っている。チャールズ・ムーアの「偉大な建築物の実感を得るために最上の方法はその建物の中で目を醒ますこと」という言葉を実践しつつ、五感を持って建築を味わいつくし、それを平易な言葉とイラストで伝えている。建築家であるならば、通常は多くの建築を体験しているものであるが、それを建築に素養のない普通の人たちにも分かるように伝えることができるというのは、決して誰にでもできるわざではない。中村は、そのむつかしい仕事をやり遂げている。本書に登場する東急旗の台駅は、筆者もよく利用する駅で、以前から階段室は良い空間だと気にはなっていたが、ここまで考えてみたことはなく、ましてそれをこのようなかたちで伝えられるとは思ってもいなかった。

 建築の平面図や断面図は、神の目線による図面であるが、中村の描く図面は、平面図や断面図であっても、人が立ち、歩きまわる目線によっている。家具を丹念に描き、そこで行なわれているアクティヴィティが髣髴と浮び上がってくる。普通なら見過ごすようなディテールにも、眼差しを向け、その秘密を解き明かしている。したがって本書は、建築学生にとってすばらしい実践的な教科書となっている。多くの人たち、建築学生たちに、本書を手に携えて建築を巡る旅に出発してほしいものである。ここに登場している建築に旅立つのももちろん良いが、この本にある建築の味わい方、見方を身につけて、それぞれの人の「意中の建築」探しの旅に出るのも、一興ではないかと思う。

(「住宅建築」2006年2月号)

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「スペインのロマネスク教会」

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 この本は、「フランスのロマネスク教会」に続く写真家堀内広治と建築家櫻井義夫のコンビによるスペインのロマネスク教会への旅のガイドブックである。スペインのロマネスク教会の多くは、巡礼地であるサンチャゴ・デ・コンポステーラへの途上の北スペインに位置している。本書は、その巡礼路を巡る道筋を辿りながら、スペインのロマネスク教会への旅に誘っている。

 建築の旅のガイドブックは、三つの要素を備えなければならない。一番目の要素は旅へと誘ってくれる魅力を持った美しい写真や文章であり、二番目は建築の見所、特徴などを明らかにした説明であり、三番目は地図や道順など旅を現実のものとする情報である。「コルビュジェ・ガイド」などのようにすでに周知の建築であれば、二番目、三番目の実際的な情報があれば、それでガイドブックとしては成立するかもしれないが、本書のように周知でない、しかし魅力的な建築の場合、行ってみたいと感じさせ、旅へと誘う美しい写真と文章の存在は、まず何よりも大事であろう。また本書では二番目の要素である説明についても的確な文章に加えて、本書のためにきちんと描かれた平面図がすべての建物に添付されている。少し縦長のハンディなフランス編に比べ、スペイン編は版型もやや大きくなって、図面や写真も見やすくなり、カラー写真も含まれている。ハンディさにはややかけるかもしれないが、旅へと誘う吸引力はスペイン編の方がはるかに増していると感じられる。このように本書は、建築の旅のガイドブックが備えなければならない三つの要素をすべて合わせ持った優れたガイドである。

 本書を生み出すきっかけは、写真家堀内広治のパリからの何気ない小旅行に始まっている。ロマネスク古寺の魅力にとりつかれた巡礼の旅は、10年ほどに及ぶものになった。そのフランス・ロマネスクの旅は、今は休刊になってしまったSD誌の1996年10月号と2000年7月号にまとめられた。これらガイドブックは、そのSD誌の特集の延長線上に位置するものである。SD誌は、出来上がったばかりの新しい建築だけでなく世界中にある魅力的な建築や都市、空間を紹介し、このような優れたガイドブックを生み出す母体となった。SD誌の休刊は、日本の建築の文化にとって小さくない損失である。

(「住宅建築」2004年8月号)

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