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声なき都市の声に耳を傾けよ 「都市の住まいの二都物語」(小沢 明著/王国社)

 その小さな本の表紙写真は、とても印象的である。街路と建築の、そのはざまを捉えたモノクロ写真は、ロンドンのテラスハウスのものであろうが、その街を歩けば、あまりにもありふれた風景をこのように切り取って写せることに、都市に対しての著者の強い問題意識が見てとれる。穏やかな語り口であるが易きに流れず、読みやすい本であるが都市の本質に迫っている。あえて言い切ってしまえば、この本は、表題ともなっている「都市の住まいの二都物語」と「コンサベーションとリニューアル」の二つの文を読めば、それで良い。前者は1981年に出された都市型住居に関する『新建築』誌増刊号の巻頭論文であり、後者は1972年に出された植田実編集にかかる『都市住宅』誌6月号の巻頭論文である。

 「都市の住まいの二都物語」では、日本の都市の住まいの多くが、区分化された単体建築としての「集合住居」の集まりであって、街路との関係を持ちながら個々に意志を持った住居が集まり街区を構成する「住居集合」でないことを指摘する。「住居集合」としてかたちづくられた都市として、ロンドンとパリの二都を挙げ、ロンドンのテラスハウス、パリのメゾン・ア・ロワイエについて、写真、図面を添え、都市建築を学ぶ者、考える者にとっての大事なエッセンスを、わかりやすく詳述している。

 「コンサベーションとリニューアル」は、何と今から35年前の論文である。今でこそ、保存と再生、コンバージョンの課題は、現在進行形の問題として捉えられているが、著者は大阪万国博覧会から数年も経たないその時点で、この論考をまとめている。コンサベーションにはいくつかのレベルがあって、レストレーション、リハビリテーション、リノベーション、インフィルの四つの類型に分けられるという。ここでは、米国でのそれらの実例の紹介にとどまらず、それら実例を超えたところでの全体像のパースペクティブが提示されている。このように二つの論文は、年月が経ち色褪せるどころか、年月が経っても変わることのないアーバンデザインの目指す方向性を示している。

 今、手元にある『都市住宅』1972年6月号を開いてみると、後記として「まちは、本来計画者が勝手に生かしたり殺したりできるものではなく、まちの生命力には、計画者の関与できない部分があって、それを見抜くことが計画者の責務である。」と、ある。相も変わらず大規模な再開発やマンション建設の進む中、もう一度ここで声なき都市の声に耳を傾けるために、この本は読まれるべきではないだろうか。

 王国社の建築書は、どれも滋味あふれるものである。ここに編集者の慧眼により都市建築の本質にかかわる書がまとめられ、一連の建築書に加わったことを、大いに歓びたい。 

(「住宅建築」2007年8月号)

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