Essays
This section is available in Japanese only.

「スペインのロマネスク教会」Array

 この本は、「フランスのロマネスク教会」に続く写真家堀内広治と建築家櫻井義夫のコンビによるスペインのロマネスク教会への旅のガイドブックである。スペインのロマネスク教会の多くは、巡礼地であるサンチャゴ・デ・コンポステーラへの途上の北スペインに位置している。本書は、その巡礼路を巡る道筋を辿りながら、スペインのロマネスク教会への旅に誘っている。

 建築の旅のガイドブックは、三つの要素を備えなければならない。一番目の要素は旅へと誘ってくれる魅力を持った美しい写真や文章であり、二番目は建築の見所、特徴などを明らかにした説明であり、三番目は地図や道順など旅を現実のものとする情報である。「コルビュジェ・ガイド」などのようにすでに周知の建築であれば、二番目、三番目の実際的な情報があれば、それでガイドブックとしては成立するかもしれないが、本書のように周知でない、しかし魅力的な建築の場合、行ってみたいと感じさせ、旅へと誘う美しい写真と文章の存在は、まず何よりも大事であろう。また本書では二番目の要素である説明についても的確な文章に加えて、本書のためにきちんと描かれた平面図がすべての建物に添付されている。少し縦長のハンディなフランス編に比べ、スペイン編は版型もやや大きくなって、図面や写真も見やすくなり、カラー写真も含まれている。ハンディさにはややかけるかもしれないが、旅へと誘う吸引力はスペイン編の方がはるかに増していると感じられる。このように本書は、建築の旅のガイドブックが備えなければならない三つの要素をすべて合わせ持った優れたガイドである。

 本書を生み出すきっかけは、写真家堀内広治のパリからの何気ない小旅行に始まっている。ロマネスク古寺の魅力にとりつかれた巡礼の旅は、10年ほどに及ぶものになった。そのフランス・ロマネスクの旅は、今は休刊になってしまったSD誌の1996年10月号と2000年7月号にまとめられた。これらガイドブックは、そのSD誌の特集の延長線上に位置するものである。SD誌は、出来上がったばかりの新しい建築だけでなく世界中にある魅力的な建築や都市、空間を紹介し、このような優れたガイドブックを生み出す母体となった。SD誌の休刊は、日本の建築の文化にとって小さくない損失である。

(「住宅建築」2004年8月号)

Pocket