「構造デザインとは何か 構造を理解しないアーキテクトとアートを理解しないエンジニア」
「構造デザインにおけるアート」というのが、アラン・ホルゲイトによる原著の題名である。構造デザインの中にアートを見出せるかどうかは、真の意味で構造デザインができるか、単なる構造計算で終わってしまうかの差であろう。本書は、建築の歴史や美学からはじまり、きわめて実務的な設計の組織、資金計画やクライアントの問題まで幅広い内容を横断しながら、構造デザインという一つの切り口から、建物をつくりあげるという人間の営為を考察している。21の章からなる本書は、一つ一つの章がそれぞれ大部の著となるだけの内容をかかえながら、あえてそれを一つのテーマでもって切ってみせたところにそのユニークな点がある。
本書において挙げられているシドニーオペラハウスが、すぐれたアーキテクトであるウッツォンと、すぐれたエンジニアであるアラップの協働によって生み出されたように、あらゆるすぐれた建物はアーキテクトとエンジニアの協働によって生み出される。アーキテクトとエンジニアの間は常に緊張関係をはらんだ実践の場である。本書のシドニーの例を見ても分かるように、あの印象的なシルエットをかたちづくる薄肉シェルも構造デザインをすすめる過程の中で、リブアーチ案に大変な緊張関係の中で変容していく。構造デザインの究極の姿の一つとして、そのデザイン的側面に注目するか、アーキテクトとエンジニアの間の葛藤の場として、その人間的側面に注目するかによってシドニーオペラハウスの評価は180度異なるが、その両方の側面をもすべて包含しているのが実際の設計実務の現場と言える。
日本の生んだ偉大な構造設計家木村俊彦は、「大学などで専門的に教育を受けるのは構造計算のごく初歩と設計製図の初歩に限られていると言ってもよい。大部分の実務はすべて、そして計算や設計の職能自体も、大学卒業後、設計事務所などの実際の設計組織に入り再教育され、あるいは独習していくものである。」と述べている(「木村俊彦の設計理念」鹿島出版会、2000年)。木村俊彦も槇文彦、磯崎新をはじめ多くの建築家と協働し、常に新たな構想の下に多様な建築を、実践の場の中で実現してきた。
この書は、主として構造系の学生を念頭においたものであるが、学生に限らず広く設計実務の実践の中に身を投じた者が独習し、そしてその全体像を知るための道しるべとなるであろう。
(「住宅建築」2001年8月号)