矢萩喜従郎「平面 空間 身体」
矢萩喜従郎は、多面体の人である。グラフィック、サイン、エディトリアルなどのデザインから写真、アート、建築、評論、出版まで幅広い領域において瑞々しい活動を行なっている人である。その活動の軌跡は「PASSAGE/パサージュ(朝日新聞社、1999年)」という作品集によって知ることができる。その作品集のページを一つ一つ開いていくと、その幅広い多彩な活動に目を開かれると同時に、その幅広い活動の背後にある彼の思考のありかたに興味を惹かれずにはいられないだろうと思う。
この「平面 空間 身体」は、そのような矢萩の思考のありかたを語っている本である。日本から西洋まで古今を問わず絵画、アート、グラフィック、写真、建築、ランドスケープなど広く視覚芸術を中心に、人間と「もの」との関係に思索を巡らせている。良きつくり手にとって一番身近で最大の批評家は、つくり手自身であるし、また自分自身が一番きびしい批評家となり得ないつくり手は良きつくり手になりえない。彼の作品集と、この「平面 空間 身体」は、良きつくり手が同時に良き批評家であることを示している。彼は、そのことを世阿弥を引いて「離見の見」すなわちもう一人の自分を飛ばし、俯瞰した場所から自分を見ることだと述べている。彼の多彩な活動の根が、もう一人の自分を飛ばすことにより、この本の中で明らかにされているということができる。
それと同時に、この本を読み進むにしたがって日常われわれの行なっている建築の設計あるいはデザインが、実は幅広い領域において捉えることができるということを示しているのも、この本の重要な点である。従ってこの本は、大変にラディカルである。ラディカルという言葉は、もともとは「根差している」という意味であり、その意味でこの本は、広い領域の出来事の根っこ、は実は近いところにあるということを示しているのである。
矢萩喜従郎は、書を能くする人であるという話を聞いたことがある。書が手による運動の軌跡を描いたものであるということができるように、この本は矢萩の身体による思考の軌跡を鮮やかに描いてみせた本であるということができる。
(「住宅建築」2001年2月号)