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前川國男を通してみたモダニズムの鉱脈 「近代建築を記憶する」(松隈 洋 著/建築資料研究社)

 歴史は、書かれることによって歴史となる。建築の場合、本人や同時代人により、まとめられた作品集や記録がある。それはそれで貴重なものであるが、遅れてきた人たちによる近過去に対する客観性を持った記述も、貴重なものである。近過去であれば、まだ資料も散逸していないし、本人や協力者へのインタヴューへも可能かもしれない。同時代人が持つ熱さはないかもしれないが、遅れてきた人が持っている事象への距離感、熱さに流されない感覚を持ちうる。歴史を歴史としてつなぎとめ、次へと渡していく作業である。松隈洋や花田佳明たちは、そのような近過去につくられた日本の近代建築を読みかえしていく作業を続けており、それらは、「再読/日本のモダン・アーキテクチャー」や「素顔の大建築家たち1,2」となった。本書は、そのテーマの延長線上でまとめられた松隈による論考を集めたものである。

 前川國男は、日本の近代建築において大きな足跡を残した。前川は、テクニカルアプローチに表わされるような、自らの信じる建築を探求し深めていく作業と同時に、自らが建築を学んだル・コルビュジェやアントニン・レーモンドのアトリエで得た幅広いつながりの中で仕事をした。後者の豊かな実りの例として、ル・コルビュジェの国立西洋美術館や国際文化会館を挙げることができる。国立西洋美術館は、ル・コルビュジェの設計をもとに弟子の前川國男、坂倉準三、吉阪隆正が実施設計や工事監理を行い、国際文化会館は、前川國男、坂倉準三、吉村順三により設計された。それぞれの建築家がめざしたものは個別にありながら、一方で協働できる共通のものがあったのである。モダニズムや前川本人が本来備えていた良質な精神が、それを可能にしたのであろう。

 前川の晩年に前川事務所で働いた松隈が、そのような前川やそのまわりにいた建築家の作品、また国立西洋美術館や国際文化会館のような協働の成果や経緯を丁寧に読みかえしていったのが、本書である。松隈が前川事務所に入所したのは1980年であり、その時点で皇居の堀端に建つ東京海上ビルや一連の公共美術館建築が完成していたことを考えると、それはやはり遅れてきた人による近過去の記述と言うことができる。それは、松隈も言及しているように歴史の中で忘れられようとしていたモダニズムの鉱脈に気づき、そこから現代を解き、次の建築をつくるための新しい思考の糸口を発見する作業であり、本書はそのために読まれるべきものである。

(「住宅建築」2005年8月号)

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