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建築創造のプロセスへ 「内藤廣対談集 複眼思考の建築論」(内藤廣編著/INAX出版)

 建築家の仕事は、図面に向き合い、模型と向き合い、材料と向き合い、モノと格闘するものであると同時に、「多くの人の協力を得、加わる人の士気を高め、建設と言う複雑極まりないプロセスの質を高めていかねばならない」ものでもある。建築をつくる仕事は、さまざまなモノをインテグレーションしていくと同時に、それをつくりあげていく人たちをインテグレーションしていかなければならない。一人では「建築」は実現していかない。そんな「建築」のプロセスの中に登場するさまざまな職種の専門家たちがいる。構造家、設備設計家、照明デザイナー、インテリアデザイナー、音響家、劇場コンサルタント、ランドスケープアーキテクトなど、など。そんな建築に携わるさまざまな分野の当代の第一人者たちと内藤廣との対談の記録が、この本である。この本で登場する専門家の中には、まさにその職種をつくりだした人たちもいる。彼らは建築をつくりつつ、その仕事の価値をも、つくりだした。

 かつて構造家坪井善勝と、建築家丹下健三の議論をそばで聞いていた者の証言によると、どちらが建築家で、どちらが構造家であるか判然としなかったと言う。優れた専門家たちは、その専門分野の深い能力と共に、並はずれた感性や直観力をもって、創造のプロセスを建築家と共にする。対話を重ねる中で、突如新しいアイディアが湧いたりする。そんな場合は、どこからどこまでが建築家のアイディアで、どこからどこまでが、その専門家のアイディアかなどという境界線など引くことはできない。それは、まさにコラボレーションがもたらす果実である。デザインに対する感性を持つものが、創造の場に参加することができる。なぜそのデザインが求められるのかを直感することができなければ、いくら専門知識を持っていても協働作業はできない。専門性を持ちながら、時にその専門の前提を疑うようなやわらかい発想ができなければ、対話は成立しない。一方、建築家も自分一人では発想もされないことが、専門家との対話の中で触発され、時にきつい刺激を受け、アイディアとして結実する。

 内藤廣は、この一連の対話を総括して、「建築という価値の創造に加わるすべての人が建築家」であると述べる。その論にしたがえば、この本に登場する人たちは、すべて「建築家」であり、その対話には、新鮮な驚きと発見が満ち溢れている。内藤廣は、今の若者たちは狭義の『建築家』になりたがりすぎると警告し、「『建築家』になるのではなく、建築をつくるプロセスに参加できるようになりたい」と思うようにと説く。建築をつくりあげていく複雑なプロセスへの参画のしかたは一つではない。この本は、これほどまでに人を夢中にさせる建築の深さと愉しさに満ちた本である。

(「住宅建築」2008年2月号)

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