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避難所としての名取市文化会館

1.名取市と名取市文化会館について

名取市は、仙台市の南側に隣接する、人口約7万人のまちである。国道4号線バイパスから西側山側の地域と、閖上(ゆりあげ)という漁港、名取市と岩沼市にまたがる仙台空港のある東側海側の地域に分かれる。市役所、市体育館、文化会館は、国道4号線バイパス東側(海側)に並んで立地しており、市の中心エリアを形成している。仙台空港へ通じる高速道路の仙台東部道路は、上記市役所エリアの東側に位置している。名取市文化会館は、財団法人名取市文化振興財団が運営する施設で、大ホール(1350席)、中ホール(450席)、小ホール(200席)、その他に会議室、講義室、和室、展示ギャラリー、リハーサル室、音楽練習室、演劇練習室、楽屋などがある。(延床面積:13652.9㎡)

2.大地震発生当日(2011年3月11日)

大地震発生当日、名取市文化会館では特に大きな催し物はなく、館内の人は比較的少ない日であった。名取市では、震度6強を観測した。地震発生から約1時間後に津波が襲来して、名取市の海側の地域は、報道にあったように、閖上漁港や仙台空港などが、甚大な被害を受けた。


Fig-1. 津波被災マップ(日本地理学会資料より)
    文化会館は、地図左側のほぼ真ん中あたり


Fig-2. 閖上のまちの津波被災状況

名取市文化会館は、海岸線から約5~6㎞離れた場所に立地している。先述した仙台東部道路は、盛り土の上につくられていた。それが一種の堤防の役割をして、市街地側への津波の侵入を遮り受け止める役割をした。そのため市役所エリアまでは、あと1㎞の近くまで浸水したが、届くことはなかった。
 文化会館は、非常用電源(ディーゼル発電機)があったため震災直後も照明がともっていたので、海岸の方からの人が集まり避難所となった。周囲は、ライフラインが止まり、街中が真っ暗な中、文化会館は光があり、市民が集まった。

3.避難所としての文化会館

文化会館は、市があらかじめ指定していた避難所ではなかった。しかしながら、ずぶ濡れになり裸足で避難してきた方たちの様子を見て、受け入れをはじめ、避難所となった。「避難所ではないから」ということで、地震直後に避難してきた人を断ることはしなかった。会館事務局長によると、最初の3日間は徹夜で避難されてきた方たちの対応に当たったとのことである。
当初は1300人ほどの人たちが寝泊りしていた。主たる避難所スペースとなったのは、ホール空間以外のエントランスホールやホワイエであるが、和室、講義室などの小部屋も避難所として開放された。それらのスペースは、冷暖房可能であり、換気のみの小学校体育館などと比べた時、その居住性は高いと言える。また小部屋の一部は、病気(風邪、インフルエンザ、ウイルス性腸炎)の人を隔離するために使われ、感染者の拡大を抑えることができた。


Fig-3. 避難所として使われるホワイエ

 長期化する避難生活のために、間仕切り用の段ボールが用意されたが、隣近所の方同士が多いということもあり、完全に閉じずにお互いの絆のために、少しずつ開いて暮らしていて、段ボールは余る状況であった。
仮設住宅が整備され、避難所としての役割は6月4日で終えた。84日間避難所として機能したことになる。6月18日には市主催の合同慰霊祭が、文化会館でとりおこなわれた。8月からは、一部貸し出しを再開し、小ホールを中心に、市民の文化活動がリスタートし、ミュージカルの練習やピアノの発表会が行われている。復興支援・慰問コンサートもひらかれている。

4.今後のための考察

 名取市文化会館は、避難所として機能することを想定した設計は行っていなかった。とはいえ、公共施設が基本的に備えていなければならない性能を持っていたために、避難所として機能することができた。その要件を、以下に整理して考えたい。
[建物のハード面]
・構造体は、健全性を保っていた。
・非常用電源が、あった。
・和室、講義室などの小部屋があり。隔離部屋として感染者の拡大を抑えることができた。
[建物のソフト面]
・指定避難所ではなかったが、避難所となった。
名取市の場合、文化会館に近いエリアは、幸い水や電気といったインフラ関係は、そんなに日がかからずに回復をした。一般論として考える時、非常用電源、熱源の燃料をどれだけ貯蔵しておくかの問題をクリアすれば、避難所として機能するかどうかは、建物の基本的な性能(耐震性、冷暖房、小部屋があること)に帰着するといえる。劇場・ホールは、エントランスホールやホワイエなどの大きなスペースと、楽屋などの小さな部屋の組み合わせで成り立っており、避難所としてのスペースの汎用性は備えていると言えそうである。あとは、それを成り立たせるソフトすなわち会館管理者の柔軟な対応が必要となる。

 復旧・復興のプロセスには、長い時間がかかる。避難所としての役割も緊急時には重要であるが、一方で、名取市文化会館において再開した市民の文化活動や復興支援・慰問コンサートのことを見聞すると、緊急時を過ぎてからは、文化会館の本来の役割を果たし、文化活動を含めての復旧・復興の拠点となることも、重要なことであると考える。
(劇場演出空間技術協会 JATETフォーラム2011資料集に寄稿)

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