Essays
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「個性的な小さな点からの発想」

 これからの都市の中で求められていくのは、個性的な「点」からの発想ではないだろうか? 個性的な点が集合することにより、あるいは個性的な点が都市域の中で離散的に配置されることにより、より多様性をもった都市になるのではないだろうか。「個性的な点からの発想」について劇場・ホールという観点から見てみると、それは次のように考えられる。現在までに、日本の主要都市においては、ある規模を持ったホール、とりわけ多目的ホールが建設されてきた。隣接する自治体に同じような内容の多目的ホールが建てられる場合もあった。ある時期から多目的ホールの限界が指摘され、今日都市域においてはより専門性をもったホールの建設に移行してきている。主要都市においてそれらホールが一通りそろった今日、そのような大型の施設に対して、小さな規模のホールを少しずつ戦略的に配置することが、今後より可能性のあることであると考える。

 小さいということは、ハードとしての現実性を考えた時に、敷地の規模、建設費、建物ができたあとの維持費の点で有利であるということもさることながら、ソフトとして容れものとして考えた時、よりその都市の市民にとって使いやすい規模であることを意味する。演劇、音楽、ダンスなどある特定の分野に使用目的を特化すること、あるいはその地域においてすでに盛んな活動をしているグループ等にターゲットをしぼり、なるべく使われる施設を目指すということが、その目的である。そのような施設が都市域の中で集合する-例えば小さな音楽ホールと小さな劇場をもった生涯学習センター-あるいは都市域の中のいくつかの大事なポイントに、小さなホールや美術館などが離散的に配置されている。と、いったことが「より多様性をもった都市」になるためのシナリオである。

 奈良市に音声館(おんじょうかん)という小さな建物がある。東大寺大仏殿前にある国宝金剛八角灯籠の火袋四面に描かれた音声(おんじょう)菩薩に由来する館名をもったその建物は、わらべうたをはじめとする歌やコーラスを楽しむ場として「ならまち」に建設された。

 「ならまち」は、古都奈良の中で最も古くからの街並みを遺したエリアである。奈良時代の平城京の東部に突き出た外京と呼ばれていた場所のうち、元興寺の旧境内を中心にした一帯が「ならまち」と呼ばれている。

「奈良町」という呼称は、江戸時代から続く町々を総称した呼びかたであり、(したがって行政地名としては存在しない)その範囲は主として昭和初年頃までの奈良市街地の大部分を占め、多くの神社・仏閣とともに町家群が道路に面して軒を連ねている。
音声館は、そのような「ならまち」の中にあって歌声による街づくりを目指している。建物は、100席程度のホールと20~30人が練習できる二つのプレイルームと三つの個人レッスン室で、ほとんどすべてである。

 1982年わらべうたを歌う子供たちのコーラスから始まったその活動は、1994年音声館が誕生し、その活動のホームとなる場所を得た。活動からスタートし、その後に容れものができてきたというプロセスである。音声館設立の主な目的は、世代交代や地域社会の変化に伴って失われつつある伝統的な芸能の継承や、わらべうたの調査・研究・普及であり、奈良市出資の財団法人「ならまち振興財団」によって運営されている。催し物は大部分が主催事業であり、館長をはじめ10人程いる館のスタッフのほとんどは音楽系大学の出身で、スタッフ自らが企画・指導・演奏を行なっている。市長を含め行政のサポートを受け、その活動は地域的には奈良吉野の村々やさらに海外へまで、内容的には音楽療法にまでその広がりを見せている。

 「ならまち」の中に音声館ができることによって、JRや近鉄の奈良駅からの人の流れは、少しずつ変わってきた。音声館の近くには、やはり市立の小さな建物である杉岡華邨書道美術館、なら工藝館などがその後建てられ、人の流れははっきりと変わり、「点」から始まったものは今や確実に「線」となり旧い街並みの「面」が新たに再構成されていく様相を見せている。杉岡華邨書道美術館は、奈良市在住である文化功労者の書家よりの寄贈の作品を、またなら工藝館は漆器、赤膚焼、筆、墨など奈良の工芸品を展示している。

 このように都市の中で蓄積されてきた、さまざまな固有の文化を掘り起こし、個性ある「点」を戦略的に配置する-すなわち布石を打っていくことが、今後の都市にとって重要なことであると考える。大規模な面的な再開発による腕力にたよった都市の再編よりも、知恵をしぼった「点」による都市の再編の方が、これからの環境指向の世紀にあってはより望ましいことであると考える。

(日本建築学会建築計画委員会 劇場・ホール小委員会 シンポジウム冊子「都市資源としての公共ホール」所収)

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